事件の涙「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」を見た感想

視聴録

いじめ問題

いつまで経っても同じようなことを繰り返しているよな・・・と感じます。

そして、繰り返してしまう理由も、みんななんとなく分かっていると思うんです。
”いじめがあった”とすると困る人が居るから、なかったことにしたい、早く終わらせたいという意志が働いて、被害者が置き去りにされていくんだと思います。

 

事件の涙「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」を見ても、やはりそんなことを思いました。

いじめの被害を受けていた時は中学生だったけど、成人し、しかし、裁判の内容に納得がいかないので、自分の意思を堂々と伝えたいということで顔出しをされた佐藤さん。

その想いと背景を特集した内容でしたが、やはり、置いてけぼりにされている被害者さんでした。

 

そんな事件の涙「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」を見て思ったことをつらつらと書かせてもらいます。

事件の涙「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」について

概要

放送年月日2021年11月20日
プラットホームEテレ

内容

中学時代に悪質ないじめを受けたとして、裁判で闘うことを決めた佐藤和威さん(22歳)。名前を明かし、素顔で臨んだその思いとは…。いじめから9年、闘いの日々を追う。

「顔を出すことで、声を上げられなかった当時の自分と同じ境遇の人の支えになれたら」。
そう語り、名前と素顔を公表した佐藤和威さん。

いじめから9年たった今もなお、当時の記憶が突然よみがえってくるという。

同級生や市などに損害賠償を求めた民事裁判。ことし7月の2審判決では、同級生8人に賠償が命じられたが、市側の責任は退けられた。

なぜいじめられた側が苦しみ続けなければならないのか。闘いの日々を追う。

「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」 - ストーリーズ
中学時代に悪質ないじめを受けたとして、裁判で闘うことを決めた佐藤和威さん(22歳)。名前を明かし、素顔で臨んだその思いとは…。いじめから9年、闘いの日々を追う。 「顔を出すことで、声を上げられなかった当時の自分と同じ境遇の人の支えになれたら」。そう語り、名前と素顔を公表した佐藤和威さん。いじめから9年たった今もなお、...

事件の涙「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」で思った事

終わりを決めるのは被害者のはず

いじめに限らないのかな・・・。
事件の終わりを決めるのは被害者なんだと思う。

加害者側では当然ないし、裁判所でもないと思う。
被害者が「よし、もう終わり」と決められた時に本当の終わりが来るし、その本当の終わりが来てないのなら、どれだけ裁判的には終わっていても、やはりそれは終わりじゃないと思う。

佐藤さんは、当然何も終わってない。
終わらせようとするその他多数の空気に抗っている。

加害者は徹底的に守られる

加害者の顔も実名も当然放送されていませんし、そこは法的に守られていて、放送されることはないとは思うのです。

でも、結果として、それが良い方向に働いているのだろうか・・・?という疑問はどうしてもぬぐえない。

少年のプライバシーを守るのは少年には更生の余地が大きいためであるとは思うのですが、では、このいじめの件で、被害者側が納得できるようなアクションが起きているのか。

もし加害者側から納得できるアクションが得られていたら、佐藤さんの心は少し穏やかだったはず。

学校側も一日も早く終わらせたい

恐らく、この佐藤さんのいじめの問題で一番ややこしく問題を大きくしてしまっているのが学校側の対応だと思われます。

早く終わらせたい。
とにかく終わりにしたい。

その一心で、隠せる部分は隠そうとしているのだろうな…と。

先生たちの評価か何かに傷がついて、先生たちの人生に大きな影響が出るのが嫌なのかもしれませんが、既に人生に大きな傷が出来てしまった生徒がいるという事実はどうでもええの?という憤りを感じましたし、佐藤さんもそこはずっと腑に落ちないんだと思います。

いじめについてこうして行ってみては?と思ったこと

いじめという大きな問題。

今までと同じような対応をしていては今までと同じ結果しか生み出さないのですから、どこかを変えなくちゃいけないと思います。では、どこを変えればいいのか・・・ってなると、僕はこう思います。

いじめはもう犯罪として扱うべき

まず大前提として、いじめは犯罪としてちゃんとした罪名をつけるべきです。

”いじめ”なんてひらがな3文字で表現するせいで、ちょっと柔らかい印象になってしまってますが、やっていることは暴行罪ですからね。

なんか、以前も同じようなことを書いた記憶がする。

決着は被害者につけさせるほうがいいのでは?

いじめに関しては被害者が納得できる着地点を迎えられるのかどうかを目安にしてもいいんじゃないかな?と思います。

 

今回のような、被害者の佐藤さんが顔出し実名出しで戦う姿勢を見せるというのは、事後の対応がおそまつすぎたからです。

こんなことを被害者にさせるまでの状況はやはりどうかしていると思います。

例えば、成人年齢になるまでに加害者側の対応に誠意がないと感じた場合は、実名を公表して改めて罪に問うことができるなどとするとか。

 

事なかれ主義で腫れ物に触らないようにやり過ごせばOKではなく、ちゃんと事後の対応で誠意を見せられないなら相応のペナルティを背負ってもらうようにすれば少しは状況が変わるような気がします。

そんなわけで

事件の涙「僕は“実名・顔出し”でいじめと闘う」を見た感想を書かせてもらいました。

いじめをテーマにした放送は以前にもありましたし、やはりそれも救いがないと言いますか、20年が経った今も苦しんでいる人が居ると言うものでした。

そして、そのいじめも、今回の佐藤さんのいじめも、加害者側は済んだことだから掘り返すなって感じの対応をしている。

いじめを本気で失くすのなら、なくならないにしても解決を望むのなら、加害者側への対応はもっとちゃんと考えるべきだと思う。

 

あと、佐藤さんの勇気のある行動は、とてもかっこいいと思いました。
このいじめに関係する誰よりも勇気を発揮していると思います。

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