事件の涙「ひとり、都会のバス停で」を見た感想

視聴録

久々にテレビ番組で心をえぐられた気がする。

ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの
【NHK事件記者取材note】微笑みかける写真の女性。当時は70年代、劇団に所属し希望に満ちた日々を過ごしていたという。しかし去年11月、都内のバス停で男に殴られ死亡した。所持金は8円。彼女の人生にいったい何があったのか。

路上生活者の女性が撲殺されたという事件。
一方的な弱者への暴力という、どうしようもない事件で、加害者に対しては何の同情の余地もない。

ただ、自分たちのいる社会や人生の延長上にはこういうことが起こりうるのだな・・・とも思うし、孤独の中、失意の中でという人生の終わり方に胸が締め付けられた。

 

ほんと、なんとも言えない複雑な気持ちになった。
複雑な気持ちというか、絶望しているのかもしれない。

何に絶望をしているのかを吐き出したいと思う。

事件の涙「ひとり、都会のバス停で」について

概要

放送年月日2021年5月01日
プラットホームEテレ

内容

2020年11月、東京・渋谷区内のバス停で休んでいたホームレスの女性が男に殴られて命を落とした。当時、所持していた現金はわずか8円。生活苦の末に行き場を失い、事件に巻き込まれた。「彼女は私だ」、「彼女は社会に殺された」。いま大勢の女性たちが被害者にみずからを重ね、SNSなどを通して声を上げ始めている。事件が社会に問いかけるものとは何か。女性のたどった人生と女性たちへの取材から明らかにする。

事件の涙 Human Crossroads 「たどりついたバス停で~ある女性ホームレスの死~」 -NHKオンデマンド
2020年11月、東京・渋谷区内のバス停で休んでいたホームレスの女性が男に殴られて命を落とした。当時、所持していた現金はわずか8円。生活苦の末に行き場を失い、事件に巻き込まれた。「彼女は私だ」、「彼女は社会に殺された」。いま大勢の女性たちが被害者にみずからを重ね、SNSなどを通して声を上げ始めている。事件が社会に問いか...

事件の涙「ひとり、都会のバス停で」を見て思った3つの事

路上生活は日常のすぐ隣にある

この女性の若かりし日の写真を見ると、内側から溢れる生気というか、輝きに満ち溢れている。

夢があり、希望がある。
そんな毎日だったのだと思う。

まさか、路上生活者となり最後を終えるなんて、その時点では想像すらしていないと思う。

 

未来には希望があると信じているが、現実としてこの女性のようになることもある。
実際に僕自身も路上生活者になるとは想像もしていないが、決して他人事じゃないのかもしれない。

意外と身近で隣り合わせのことなのかもしれないと思うと、社会は冷たいのかもしれない、生きるのは怖いことかもしれないとも思った。

夢を追いかけるなんて、簡単にやっちゃいけないことなのかもしれない。

路上生活者を助ける勇気がない自分への自己嫌悪

僕は、路上生活者を見かけた時に手を差し伸べたことがない。

多分、この女性がバス停で寝ていても、何もしない。

それは気遣いとかではなく、自己防衛から何もしないし何もできない。
正直、路上生活者と関わると一方的に損するとすら思っている。

 

先日も公衆トイレで大をしていたら、ドアを殴る蹴るされて、慌てて飛び出たら路上生活者の爺さんしかいなかった。

「ドア蹴りました?」と聞いたら、「あー、それなら向こうに行きましたよ」との返答があったので、かまをかけてみた。

「でも、ドアの隙間から見えた靴は、その靴でしたよ?」と。

すると「だったらなんやねん!お前が出てこーへんから悪いんやろがボケ!」と急に態度が変わり、オラつかれた。

 

路上生活者とはこういう人種の人たちだと思っている部分が僕にはあるので、やっぱりクズなんだなとその時は思ったものだ。

関わっても何も得をしない。
だから手助けの手を差し伸べることもしたくない。

路上生活者すべてがそういう人じゃないことも理屈では分かっているが、割合として少ないのだと思っている。

 

でも、この女性のように、寝ることもままならないが迷惑をかけないように深夜のバス停で座って身体を休めるぐらいしかできない人も居るのだろうと思うと、なんとかしてあげたい気持ちもある。

勝手かもしれないけど、すっごくモヤモヤする。

周囲への気遣い、優しさを感じる所持品

一番切なかったのが、弟と母親の連絡先が最後の所持品だったこと。

スマホは止められていて、所持金は8円しかない。
連絡をしようにも連絡ができない。

助けてほしくても、もう実際には詰みの状態になっている。
実際に4年ほど家族と音信不通だとも言っていたが、でも、連絡先は持っている。

 

ここに家族への思いはあるのだということと、だからこそ迷惑をかけないために連絡をしていないのだという意思、でも、いつかは連絡を取りたいという願望を感じて仕方がない。

路上生活の自分は見せず、困窮状態を知らせずに、無事で平気な状態でいつかは会いたい。

 

そう思っていたのだろうな・・・でも、それが叶わず意図しない終わり方をしたという現実に、人生の理不尽さのようなものを感じずには居られなかった。

日本は豊かな国なのか?

数ある事件、数ある死の中の1つで、もしかしたらよくある話なのかもしれない。
でも何か、釈然としないものがある。

日本は見る角度によっては魅力的な国かもしれないが、その陰の部分、見えないところで弱者がすり減り、つぶされている社会なのかな・・・と思えてくる。

ため息しか出ない、脱力感いっぱいの思いです。

 

でも、それも一つの現実だから直視して受け容れなくちゃいけないのかな・・・それは何か違うと思うんだよな。

そして、そう感じさせてくれたこういう番組こそが報道のあり方だとも思う。
もしあなたがまだ見ていないのなら、何らかの方法で一度見てほしい。

何か思うことはあると思う。

事件の涙 Human Crossroads 「たどりついたバス停で~ある女性ホームレスの死~」 -NHKオンデマンド
2020年11月、東京・渋谷区内のバス停で休んでいたホームレスの女性が男に殴られて命を落とした。当時、所持していた現金はわずか8円。生活苦の末に行き場を失い、事件に巻き込まれた。「彼女は私だ」、「彼女は社会に殺された」。いま大勢の女性たちが被害者にみずからを重ね、SNSなどを通して声を上げ始めている。事件が社会に問いか...
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